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広島高等裁判所 昭和43年(ネ)96号 判決 1970年10月20日

控訴人 金井ナツヨ

右訴訟代理人弁護士 原田香留夫

(亡和泉積隆承継人以下八名)

被控訴人 和泉タキコ

<ほか七名>

右八名訴訟代理人弁護士 三宅仙太郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は各審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は「控訴人は被控訴人らに対し別紙目録記載の各物件につき左記の割合による所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審及び上告審とも控訴人の負担とする。

被控訴人 和泉タキコ 三分の一

同 和泉明 二一分の二

同 中宿知江 同

同 川下光子 同

同 和泉琴江 同

同 山本紀久子 同

同 和泉秀猪 同

同 和泉ヤヨイ 同

との判決を求めた。

(被控訴代理人の主張)

一、訴外中光二郎は、昭和二八年一〇月六日控訴人から金四〇万円を利息月六分、弁済期同年一一月五日の約で借受け、被控訴人ら先代亡和泉積隆(以下単に亡積隆という)は同日控訴人に対し、訴外石破福寛とともに右訴外中光の債務を連帯保証し、かつ同債務を担保するため、被控訴人所有の別紙目録記載の両物件につき抵当権を設定する旨約した。そして右物件中甲号物件については、同日付をもって抵当権設定登記を了し、乙号物件については、その手続をなす途がなかったため、やむなく右同日三原市城町土地区画整理組合に対し、売買の形式により、亡積隆から控訴人にその所有名義の移転手続をなしておいた。しかるにその後控訴人は無断で、かつなんら登記原因がないにもかかわらず昭和二八年一一月一八日甲号物件について、同年一〇月六日付売買を原因とする所有取得登記をなし、昭和三五年一一月三〇日乙号物件につき控訴人名義の所有権保有登記をなすに至った。

二、かりに右担保契約が譲渡担保契約であるとしても、該契約が成立した昭和二八年一〇月六日当時の本件物件の価額は、甲号物件金一二万円、乙号物件金八二万四、〇〇〇円合計金九四四、〇〇〇円である。これに対し、本件債務弁済期である同年一一月五日における元利合計は、元本金三七万六、〇〇〇円及びこれに対する旧利息制限法所定の年一割の割合による一ヵ月分の利息金三、一三三円を加算して合計金三七万九、一三三円にすぎない。その比率は約二・五〇倍にも相当し、かりに元本を金四〇万円とし、これに月六分の利息を加算しても契約時における本件物件価額の半額にも満たない。もしも物上保証人にすぎない亡積隆が、かかる半額にも満たない債務のため本件物件が取り戻し不能に陥ることを知っていたならば、これを他に転売してでも保証債務を精算した筈である。してみれば、本件物件の価額と元利合計金額とは著しく合理的均衡を失するものというべく、控訴人が本件物件を換価処分するまでは被控訴人らにおいて債務を弁済して右物件を取り戻しうるものというべきである。

そこで亡積隆は本件物件取戻しのため元本金三七万九、一三三円及びこれに対する昭和二八年一一月六日から完済まで年一割の割合による損害金を支払う旨昭和三六年九月一五日意思表示をしたが、控訴人は受領を拒み以来その受領を拒み続けているので、やむなく被控訴人和泉タキコは、昭和四三年四月四日被控訴人らを代表して、右元本及び右同日以降から前同日まで年一割の割合による損害金を加算して合計金九二五、六〇二円を弁済供託した。

被控訴人タキコは亡積隆の妻、その余の被控訴人らは子として亡積隆を共同相続した。

よって控訴人に対し被控訴人らは、本件物件につき請求の趣旨記載のとおり所有権移転登記手続をなすことを請求する。

三、かりに右主張が認められないとしても、亡積隆は、昭和二八年一〇月七日以降本件物件を所有の意思をもって平穏かつ公然に占有してきたものであり、しかもその占有のはじめ自己の物と信じており、かく信ずるにつき過失はなかったのであるから、右日時から起算して一〇年を経過した昭和三八年一〇月七日をもって亡積隆はその所有権を取得し、被控訴人らは昭和四二年一一月一五日これを共同相続したものである。

四、なお本件物件の価格について附言するに乙第一四号証(不動産鑑定評価書)は裁判外の鑑定評価であって、所謂市場資料比較法によって現在推定価格を算出しこれを基礎として指数に基き当時の推定価格を算出したものに過ぎないのに対し山田鑑定の結果は裁判上の鑑定であって当時における具体的資料に基き現実の価格を把握しているものである。

五、また、本訴請求は、物上保証人として債務消滅を原因とする所有権移転登記手続を求める物権的請求権であって、商事債権ではないが、かりにそうでないとしても、昭和三三年五月六日本件訴えを提起し、その頃右訴状は控訴人にも送達されているから、中断されている。

その他の控訴人主張事実は否認する。

(控訴代理人の主張)

一、被控訴人主張の一の事実(但し無断でかつ登記原因がないという点を除く)及び相続関係は認めるが、その余の事実は否認する。

二、本件の場合、控訴人の債権額は金四〇万円であり、右貸付日当時における甲号物件の価額は金一二万円、乙号物件のそれは四一万九、〇〇〇円合計金五三万九、〇〇〇円であるから両者の価額は決して合理的均衡を失したものではない。

三、かりにそうでないとしても、当初の契約は代物弁済の予約であるが控訴人が本件物件の所有権を取得した原因は、右予約完結の意思表示によるものではなく、昭和二八年一一月一六日頃亡積隆がその所有権移転を承諾したことの合意によるものであるから、控訴人の清算義務は予定せられていなかったものである。

四、そうでなくても本件の場合「特別の事情」がある。

(イ)かねて控訴人は三原駅前付近の適当な土地建物を物色中、業者から旅館「待月」の買取りをすすめられていたところ、本件物件につき、債務不履行の際は確実にその所有権を取得する可能性がある旨申向けられて右「待月」の買取りを見合せ、本件契約に応じたものである。

(ロ)前述のように昭和二八年一一月一六日頃本件物件を自己のものとするため、亡積隆に対しその旨の意思表示をして甲号物件については所有権移転登記をしたい旨告げたところ、同人は所要の委任状に署名して、結局任意に本件物件の所有権移転を承諾したものである。

(ハ)当事者双方とも、本件物件の所有権が、その移転登記後は控訴人に確定的に帰属したものと信じていた。

五、前記(ロ)の承諾により亡積隆は清算請求の権利を放棄したものである。

六、被控訴人らは本件債務につき適法な弁済の提供をしていないから、本件物件を取戻す権利を有しない。なんとなれば、被控訴人らの提供すべき元利金は四〇万円と、これに対する昭和二八年一一月六日から完済にいたるまで日歩三〇銭の割合による約定の遅延損害金であるのに、被控訴人らはその主張の如き金額しか供託していないからである。

七、かりに控訴人らが取り戻す権利を有するとしても既述のように亡積隆は移転登記を承諾しながら、昭和二九年一月控訴人が本件物件を詐取したものとして告訴し、昭和三三年五月登記の抹消を求める本訴を提起しているが、このように長期間にわたって紛争をくり返すのみであって、本件債務の弁済の提供をしたことは一切存しない。

このような経過の後に弁済期から一四年六ヵ月を経た後に至って元利金を弁済提供したからといって本件物件の取り戻しを請求することは信義則に反し、権利の濫用であって許されない。

八、かりに取り戻しを請求しうる権利があるとしても、当事者双方とも商人であり、本件連帯保証及び代物弁済予約は商行為であるから、右権利も商行為によって生じた債権にほかならない。

よって控訴人は右五年の消滅時効を援用する。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、訴外中光二郎が昭和二八年一〇月六日控訴人から金四〇万円を、弁済期同年一一月五日の約で借りうけ、亡積隆と訴外石破福寛が控訴人に対して右債務を連帯保証し、亡積隆が同人所有の本件甲乙両号物件を担保として提供したこと、及び右物件につき被控訴人ら主張の如く、控訴人名義の登記がなされていること並びに被控訴人らが亡積隆の共同相続人であることは当事者間に争いがない。

二、被控訴人らは、本件担保契約は抵当権を設定する趣旨のものであるから本件物件についての控訴人名義の各登記は、登記原因なくして無断でなされたものである旨主張するので按ずるに担保の目的で、甲号物件につき抵当権を設定し、乙号物件については、土地区画整理組合に対して所有名義の変更手続をしたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫に徴すれば、乙第二号証中売渡人欄の和泉積隆なる署名は、同人の自署と認められるところ、同証は売渡証と題して物件売渡の文言を謄写版刷で印刷してあり弁論の全趣旨に徴するも、これが積隆の右自署後に印刷されたものとは認めえないから同証は右積隆において売渡証なることを十分知悉したうえで署名したものと推認するほかはない。そして≪証拠省略≫に徴すれば、積隆は右乙第二号証に印鑑証明書つき委任状をそえて本件契約締結のさい、該契約に関する他の書類とともに訴外下本保太郎を介して控訴人に交付したことを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

そうしてみると甲号物件につき抵当権設定と同時に該物件の売渡証のほか、所有権移転登記に必要な書類をもあわせて交付したことは、債務の本旨にそう履行がなされなかった場合、控訴人の意思表示をまって、抵当権を実行することなく同物件の所有権を控訴人に移転すべき旨約したものと解するのが相当である。(代物弁済予約つきの譲渡担保契約)そして乙号物件についての担保契約の趣旨も、該物件が甲号物件と一体的な関係にあり、前顕各証拠によって、その売渡証が甲号物件のそれと同時に一括して亡積隆から訴外下本を介して控訴人に交付されたことを認めうる点等に鑑みるならば、甲号物件と同様、それが控訴人の所有に帰するときをもって、確定的に控訴人の所有に帰せしめる趣旨の約旨であったと推認すべきである。

そこでつぎに控訴人が甲号物件につき、所有権を取得すべき意思表示をしたか否かの点を按ずるに、≪証拠省略≫に徴すれば、控訴人は前記約定の弁済期徒過後たる昭和二八年一一月一六、一七日頃該物件を自己のものとするため、亡積隆宅を訪れ、同人に対して、その所有権移転登記をしたい旨告げ、所要の委任状に亡積隆の署名をえた事実を認めえられるから、該物件の所有権は、右意思表示の時をもって、亡積隆から控訴人に移転したものというべく、したがってまた乙号物件についても、右同様その時点で所有権が移転したものと解するのを相当とする。≪証拠判断省略≫

そうだとすれば、本件各登記が、亡積隆に無断で、しかも登記原因なしになされたものであるという被控訴人らの主張は採用できず、本件各物件は、控訴人の所有に帰したものというべきである。

三、つぎに、被控訴人らは、予備的に、本件譲渡担保契約時における本件物件の価額は、甲号物件金一二万円、乙号物件金八二万四、〇〇〇円合計金九四万四、〇〇〇円であるところ、弁済期までの元利合計は、元本金三七万六、〇〇〇円及びこれに対する旧利息制限法所定年一割の割合による一ヵ月分の利息金三、一三三円の合計金三七万九、一三三円にすぎず、その比率は約二・五倍にも及び、右両者間には著しく合理的均衡を欠いているから、控訴人が本件物件を換価処分するまでは被控訴人らにおいて債務を弁済して本件物件を取り戻しうるものであると主張するので、この点につき判断する。

尤も甲号物件の価額を金一二万円と評価するについては弁論の全趣旨に徴し、当事者双方とも意見が一致しているものと認められるから、以下においては、専ら乙号物件の評価の当否について検討する。

(1)原審における鑑定人山田弘造鑑定の結果によると昭和二八年一〇月当時における乙号物件の評価は金八二万四、〇〇〇円となっている。

当審における右山田弘造の証言によると、右山田は当時三原商工会議所に勤め、中小企業に対する金融事務に従事していたが、担保物件の評価は他の金融機関が行なっていたもので、同人は本件鑑定まで、土地建物などの鑑定は全くしたことがなく、勿論不動産鑑定士の資格を有するものではない。本件鑑定の結果は、同人が三原市城町土地区画整理組合、同市都市計画課、広島相互銀行三原支店などについて聴取した資料を整理したものに、科学的とは認められない推論を施して算出したに過ぎないと解せられないでもない。

(2)当審証人片山健一の証言により成立を認めうる乙第一四号証によると昭和二八年一〇月六日当時における乙号物件の価額は金四一万九、〇〇〇円となっている。右証人の証言によると右片山は、昭和三九年一二月以来不動産鑑定の業務に従事し、三原市には現在でも不動産鑑定士がいない関係で、官公署からの委嘱をうけて三原市内或いはその近郊における公共用地の取得に際してその評価鑑定に従事し、年間二〇件位処理しているというのであって、その作成に係る不動産鑑定評価書(乙第一四号証―以下片山評価という)をみても、その結論に至る過程は統計資料に基いて一応科学的方法が用いられている。

右認定のような山田鑑定人と片山鑑定士両者における不動産鑑定人としての経験、経歴及び本件物件価額の評価方法などを彼此比較考慮すると、前者の意見よりも後者のそれの方がより信を措くに足りるものというべきであろう。

そこで前顕乙第一四号証の内容について検討するに、片山評価は、76,500円×68,09m2×26,770/332,925=419,000円(m2当り6,150円)という算式を用いて前記結論を出している(同号証三枚目裏参照)。ところで評価地推定価格(m2当り76,500円)は、土地建物込みで取引価額二五〇万円の取引事例に基き、右金額から建物相当価額八〇万円を控除して、土地取引相当額を査定した上で、これをもとに算出しているが、右八〇万円の控除額の妥当性については若干納得し難い点がないわけではない。

しかし、右建物相当価額を全く無視し―これを0として、前記算式を用いて、これを試算してみても112,530円×68.09m2×26,770/332,925=616,103円(m2当り9,048円)という結果になる。すなわち、乙号物件の当時における価額は、最大限に見積っても金六一万六、一〇三円を上廻るものではないということになる。

したがって甲乙両号物件の合計金額は七三万六、一〇三円を超えるものではない。

四、つぎに、弁済期までの元利金額について按ずるに、≪証拠省略≫によれば、現実に交付された金員は元本金四〇万円から月六分の割合による一ヵ月分の利息金二万四、〇〇〇円を天引した金三七万六、〇〇〇円であったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

したがって、右現実に交付された金三七万六、〇〇〇円とこれに対する旧利息制限法所定の利息額一ヵ月金三、一三三円を加えると合計金三七万九、一三三円となるが、この金額が本件の場合の「弁済期までの元利金額」となるわけである。

五、そこで前記の甲乙両号物件価額合計金七三万六、一〇三円と右元利金三七万九、一三三円との比率をみるに、前者は後者の一、九四倍に当る。ところで合理的均衡の線をいずれにおくかについては確たる基準があるわけではないけれども、本件の場合における程度の倍率では、本件物件価額が前記評価による最高額をとったものであることを考慮に入れると、必ずしも両者の間に合理的均衡を失するものがあるとは認め難い。

そうだとすると右両者の価額が合理的均衡を失することを前提とし、取戻請求権ありとする被控訴人ら主張は、採用できない。

六、被控訴人らは、本件各物件について取得時効を主張するが、控訴人が本件応訴によって所有権の帰属を争っている以上、これが中断せることは明らかであるのみならず、そもそも占有開始当時亡積隆が善意かつ無過失であったことを認めるに足る証拠はないから、右主張も採用できない。

七、果してしからば、本件両物件は結局控訴人の所有と認められ、これが被控訴人らに帰属することを前提とする本訴請求は認容すべき限りでないから、これと異る判断に出でた原判決は失当として取消し、被控訴人らの請求を棄却すべく、本件控訴は理由がある。

よって民訴法三八六条、九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柚木淳 裁判官 大石貢二 裁判官加藤宏は転任のため署名捺印できない。裁判長裁判官 柚木淳)

<以下省略>

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